東シナ海流69 石鯛とヒラマサの突き方
野人は九州の漁村で生まれ育った。
平地がほとんどなく、山の斜面の集落は海に面していた。
車道もなく、交通手段は市営船のみ、各漁村に寄港しながら片道2時間近くかかる陸の孤島のようなものだった。
小学生の頃から、矢尻は鍛冶屋特注で狩りが出来る自作の弓、魚種に合わせた魚突き用手作りモリ3種を使いこなし狩りに励み、鯉、フナ、ドジョウ、鮎、ウナギ、タコ、サザエ、穴子、キジなどの山鳥を捉えて食べていた。
大人も腰を抜かすほどの獲物だった。
友人達が親の指導でお利巧さんになった中学でもさらに狩りを継続、技も道具も磨かれ進化、高校の頃には黒鯛、石鯛など面白いようにモリで仕留めた。
潜って追いかければ魚は逃げるのが当たり前。
簡単に大物を仕留められるようになるまで数年を要した。
魚を突く上で一番大切なことは道具の性能ではなく「魚の習性」であり、魚を釣るのも同じ事。
魚の習性はそれぞれ皆違い、知識だけでなく実際に確かめて動きのクセやスピードを見極める事が必要になる。それから道具の機能や突く技法を決める。
魚の中でもイシダイは突きやすい。
最初は難しいと思ったが要領がわかれば簡単、今では見つけたら「いただいた気分」になれる。
イシダイは魚の中でも抜群に好奇心が強く磯まわりをゆっくりと泳ぎ、水深5m以内でも突ける魚だ。
逃げ足は速いのだが、「逃げる理由」がなければ絶対に逃げない。
だから見つけたら最初が肝心で「無視」にかぎる。
全ての魚にも言えるがよだれは禁物、殺気も禁物、水の中では伝わりやすい。
イシダイはじっとこちらを観察するが、いきなり魚に向かってはいけない。
息が続かなければ浮上してまた潜り、「探し物」をするような格好で別の方向にゆらゆら泳ぎながら、徐々に距離を詰めて行くのだ。
横目でちらりと見ながら「オ~マイフレンど~」という「笑顔」を見せるくらいで良い。
距離が詰るとイシダイは逃げ腰になりながらも気になって仕方がないから一気に逃げる事はない。
そして決まって岩の穴や大石の下へ一時退避する。
そうなればしめたもので、一旦浮上して穴へまっしぐらだ。
目の前にイシダイがいるから至近距離で仕留められる。
穴が深くてモリが届かない場合は・・・イシダイを見て「愛想笑い」をして一旦浮上、約20秒してから再度潜り、今度は覗かずに、岩の穴の上で岩に捕まり、モリをかまえて穴の入り口に照準を合わせて待ち伏せれば良い。
イシダイが様子を伺うようにしてモッソリと出てくるから目が合う。
そこで「ごめんね」と言いながら突くのだ。
この方法は善良なイシダイを騙まし討ちするみたいでいつも心が痛む。
硫黄島、屋久島ではいくらでもイシダイが突けたが、食べる分以外の無益な殺生はしなかった。
サメには護身用に水中銃を使うが、飛び道具は好きではないから食材の魚には使わない。
ブリやヒラマサなどの大型回遊魚を手モリで突く人はほとんどいないが、5キロ近いブリの中型魚を陸からの素潜りで仕留めたこともある。
浜から遠く水深は深かったが、15m一気に潜って群れに突っ込み急所の頭を真上から一突き、抱えて浜に戻ると待っていた地元の漁村のバアちゃんが腰を抜かした。
バアちゃんはこの前年も野人が突いて来た大型イシダイや黒鯛10匹に腰を抜かしたが、その年までそんな光景見た事がなかったそうだ。
ブリに似ているがブリより高価で白身のヒラマサを突いたことは一回、硫黄島沖の水深百m以上の海面にナブラが立った。
飛びこんで待ち伏せたのだが射程距離に寄って来ない、グズグズしているとサメのエサになってしまう。
そこで野人は奥の手の「秘技」を使った。
パンツ脱いで・・
アンコウのように疑似餌をチラつかせたのだ。ルアーだな・・
腰の使い方次第で・・流木に付いた藻に隠れようとするドジョウに見えないこともない。
知性を痴性に変え、噛みつかれるリスクを克服。
我が身の犠牲覚悟でやれば活路が開けることもある。
誘惑に負けて寄って来たおバカなヒラマサは、美味しそうなエサにありつけることなく野人と船員の晩のおかずになった。
野人考案のこの珍妙な「疑似餌突き」
おそらく、いや絶対にやった人は一人もいない。
ブリそっくりのヒラマサ
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